歌手・森進一(60)が20日、東京・新宿駅東口のステーションスクエアで、新曲「女の恋」の発売記念イベントを行った。森は、今年1月に「おふくろさん騒動」で絶縁状態にある作詞家・川内康範氏(88)へ手紙を書いたが、受け取りを拒否され手元に戻ってきてしまったことを明かした。 森は、恩人との関係修復に動いたが、事態は変わることはなかった。手紙には「誤解されていることもあるので、直接お会いしてお話したい」と書いたが、その思いは通じるどころか、門前払いとなったという。「誤解を招くから」と、それ以上は明かさなかったが、やはり残念そうだった。 森が新宿でイベントを行うのは、79年に発売した「新宿・みなと町」のキャンペーン以来、約30年ぶり。強い雨が降りしきる中、1000人のファンを前に、新曲や「新宿・みなと町」や大ヒット曲「冬のリヴィエラ」など全5曲を熱唱した。 森昌子との離婚や川内氏との騒動など、トラブル続きの森。だが新曲をきっかけに「生まれ変わったつもりで頑張ります」と熱く誓っていた。 「デイリー・スポーツ(3月20日)」より転載
★ 少々古い話題ではありますが、ちょっと森進一さんに関しては、ずっと以前から気になっていたので、ちょっと触れさせていただきます。
森さんといえば、例の離婚騒動で、どことなく、悪者扱いのような感じがしていますね。 一方、前妻の昌子さんの方はというと、お涙ちょうだいの復帰会見などで、世間一般では、どこか、犠牲者的な見方が強くなっております。 ★ そういえば、今から15年ほど前でしょうか、お笑いタレントの島田紳助さんが、フリートークを中心とした深夜のパラエティ番組で、ムカついた芸能人として、とある大物女性演歌歌手のエピソードを語っておられたことがありました。 その内容とは、紳助さんが、まだ漫才師として人気が出始めたころのことです。 その時、そのとある女性演歌歌手と、一緒に番組を出演することになったそうです。 無論、その当時の島田紳助といえば、漫才ブームで人気が出ていたにもかかわらず、芸能人としては、ほとんど駆け出しのような存在でした。 一方、紳助さんと一緒に番組に出演することとなった、女性演歌歌手は、その世界では名前も通っていて、もはやベテランの域に達しているような存在でした。 当然、芸能界のみならず社会人としてのルールとしては、後輩である島田紳助さんのほうから先に挨拶しなければなりません。 「○○さん、おはようございます。今日はよろしくお願いします」 駆け出しの漫才師である島田紳助さんは、その大物女性演歌歌手に、挨拶したそうです。 そしたら、その女性演歌歌手は、そんな紳助さんに対し、挨拶を返すでなく 「フン」 と、鼻であしらって、その場を立ち去って行ったそうです。 そのようなエピソードを語っておられましたが、当然、テレビ番組なので、その大物女性演歌歌手の名前は、実名では公表しませんでした。 しかし、そのあとの続きとして、紳助さんは、その当時に胸の中で抱いた思いを、このように回想されておられました。 「お前、絶対に覚えとけよ、俺らが芸能界を辞めるときは、絶対に殴ったるからな・・・。」 自分たちのような、ペーペーな漫才師は、どうせすぐに消えていくのだから、その時になったら絶対に殴ってやろう、そう思ったそうです。 ところが、そのトークの続きとして、 「俺らが、芸能界から消えて行く前に、相手の方が、先に引退宣言しやがった」 とのことでした。 20以上も前に、引退宣言をした、大物女性演歌歌手と言えば、もうお分かりですね。 私は、その紳助さんの言葉で、ピンときました。 その当時、引退宣言をするということは、もはや結婚によるものでしかないわけですから、これはもうアノ大物女性演歌歌手ぐらいしか、思い浮かびませんでした。 20年ほど前に、このようなエピソードを聞いてしまっているために、森進一さんの離婚騒動のときには、どうしても、世間一般の人たちの見方とは、違った見方をしてしまいました。 そんな私でありますから、今でも、森進一さんには、世間の風当たりに負けずに頑張ってほしい、といった具合に、ついつい応援したくなってしまいます。 ★ さて、今回、お届けする曲は、モリ(森)はモリでも、モリーに関係の深い曲をご紹介します。 80年代、ハリウッドを代表する青春スターに、モリー・リングヴォルトという女優さんがいました。 彼女が出演した映画というのは、映画自体もさることながら、その主題歌やサントラ盤もヒットしました。 そんな中でも、私が一番のお気に入りの挿入歌と言えば、やっぱりこの曲です。 『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』からの、サントラ盤からの一曲です。 では、どうぞ。
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